朝ご飯を食べた後で、居間でまったりしていたオラとひまわり。
目の前のテレビでは、朝のワイドショーが芸能人のスクープを取り立てていた。
何でも、俳優の藤原ケイジとアンジェラ小梅が、またもや破局したとか。
何度目だ、藤原ケイジ。
そんな緩やかに時間が流れる室内に、突如けたたましくドアを叩く音が響き渡った。
「な、なんだ?」
おそるおそる玄関に近付き、ドアを開ける。――と同時に、とある女性が飛び込んで来た。
「――か、匿って、しんのすけ!!」
その女性は、室内に入るなり、ぜえぜえと息を切らしていた。
「む、むさえさん!どうしたんですか……」
オラの問いかけに、ひまわりが反応する。
「え!?むさえおばさんが来たの!?」
「おばさんって言うな!……それより、お茶くれ。喉がカラカラで……」
何事だろうか……オラとひまわりは目を見合わせた。そして仕方なく、むさえさんにお茶を差し出した。
「――ぷはぁー!生き返ったー!」
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コップのお茶を一気に飲み干したむさえさんは、元気に話す。
「……それで?どうしたんですか、むさえさん?」
「え?あ、ああ……ちょっと、避難を……」
むさえさんの言葉に、オラは頭を抱える。もう、何度も聞いてきた言葉だった。
「……またですか。今度はなんですか?お見合いですか?」
「めんどくさそうに言うな!……まあ、父さんがお見合いを勧めてきたのは合ってるけどね……」
むさえさんは、少しばつが悪そうに呟く。
「そりゃそうでしょ。むさえさんも、いい加減結婚しないと」
「そうそう。むさえおばさんもいい歳でしょ?」
オラの言葉に、ひまわりが続く。
「と、歳の話はやめい!それに、おばさんって言うな!――私はいいの!写真に生きるの!」
……むさえさんは、プロの写真家になっていた。
たまに写真展を開いては、そこそこ儲けているらしい。ただ、元来適当な性格もあって、開催は不定期。今では完全に、放浪の写真家となっていた。
腕は認められてるのに、実にもったいないと思う。ただ、これだけ自然体だからこそ、いい写真が撮れるのかもしれない。
芸術家とは、かくも面倒な存在なんだろうな。
「……まあ、身を隠すだけならいいけど。それに、いくら九州のじいちゃんでも、さすがにここにいるなんて……」
プルルル…
突然、家の電話が鳴り始める。
「……まさか……」
「……ひょっとして……」
「……う、ウソでしょ……」
オラたち三人に、緊張が走る。
ひまわりとむさえさんにアイコンタクトをした後、オラが電話に出た。
「……も、もしもし……」
「――ああ、しんのすけか。九州のじいちゃんたい」
「―――ッ!」
「むさえに伝えてくれんね。――いい加減、諦めて九州に戻れとな。頼んだばい」
そして、電話は切れた。
呆然とするオラに、ドアの陰に隠れたむさえさんがおそるおそる顔を覗かせた。
どうだった?――そう言わんばかりの顔をして、オラに注目する。
オラは静かに、親指を立て、アウトのジェスチャーを取る。
それを見たむさえさんは、一人、ムンクの叫びのような顔をするのだった。
「と、父さんにバレてたとは……」
むさえさんは、居間の中央で項垂れる。
「……まあ、親子ってことじゃないの?」
「さすが九州のじいちゃんね。むさえおばさんの行動パターンを読んでる……」
ひまわりは腕を組みながら、感慨深そうに呟く。
「――こうしちゃいられない!」
むさえさんは、さっさと荷物をまとめて玄関に駆け出した。
「え?もう帰るの?」
「まあね!父さんに居場所がバレてるなら、長居は無用!」
むさえさんは急いで靴紐を結ぶ。と、その時――
「――あ、そうだった。はい、しんのすけ」
むさえさんは、オラに封筒を手渡してきた。
「これ……」
「少ないけど、なんか美味しいのでも食べなよ」
むさえさんが渡してきた封筒には、けっこうな額のお金が入っていた。
「……こんなの、受け取れないよ……」
「そう言うなって。親族からの気持ちだから、素直に受け取りなさい。アタシも無名だったころに、散々みさえ姉さんに援助してもらってたしね。それを返してるだけなんだよ。
……それに、しんのすけ達の元気そうな顔を見れたから、それでいいの」
むさえさんは、優しくそう話した。
「……もしかして、むさえさん。オラたちの様子を見に……」
オラの言葉に、むさえさんは照れ臭そうに頬を指でかく。
「……まあ、アンタ達に何かあったら、あの世でみさえ姉さんに合わせる顔がないしね……」
「むさえさん……」
「――そろそろ行かなきゃ!じゃあね!!」
そう言い残すと、むさえさんは出ていった。
「……なんか、カッコよくなったね、むさえおばさん……」
オラの後ろから、ひまわりが呟く。
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