――お兄ちゃんへ。
お兄ちゃん、今日まで本当にありがとう。
考えてみれば、私はお兄ちゃんに甘えてばっかりでした。いつもお兄ちゃんにくっ付いて、泣いて、笑って、怒って、落ち込んで……それでもお兄ちゃんは、ずっと私を見てくれて……。
授業参観も、学芸会も、合唱コンクールも、卒業式も、入学式も……いつも、私を見てくれていました。
……本当に嬉しかった。
いつも泣きそうな時、傍にはお兄ちゃんがいてくれて、涙を拭ってくれました。そして言うんです。
“行こうか、ひまわり”――
座り込む私の手を掴んで、立ち止まる私を引っ張ってくれるんです。その手はとても暖かくて、とても安心できて……
ケンカした時も、次の日にはご飯を作ってくれてるんです。
不器用に、不愛想に笑いながら、美味しいか言ってくれるんです。
お兄ちゃん……あなたの妹で、本当に良かった。本当に幸せだった。
……今の私があるのは、お兄ちゃんのおかげです。
ずっと、大好きです。ありがとう、お兄ちゃん――――
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――手紙の最後は、声に涙が混じり、うまく話せていなかった。
それでも、会場中が暖かい拍手に包まれていた。
オラは下を向き、ただ拍手を受ける。本当はひまわりに言いたかった。
お礼を言いたいのは、オラの方です――と。
でも前を向けなかった。兄としての意地なのかもしれない。
流す涙を、彼女には見せたくなかった。最後まで、笑顔を向けていたかった。
それでも、少しだけ視線を彼女に向ける。
――ひまわりは、微笑んでいた。
優しい雫が伝う顔で、ただ優しく、オラの方を見ていた。
彼女は、やっぱり太陽だった。優しく照らしてくれる太陽だった。
何度もオラのを救ってくれた、勇気付けてくれた、光あふれる、向日葵だった……
その姿を見ていると、益々彼女の姿を見ることが出来なくなってしまった。
……その後パーティーは、恙なく幕を下ろす。
そしてそれから2週間後、ひまわりは、風間くんと旅立っていった……。
――お兄ちゃんは、いつまでもお兄ちゃんだからね――
――しんのすけ、ひまわりちゃんは、必ず幸せにするよ。……男として、親友として、お前に約束する―――
空港での別れ際、二人はそう言っていた。
正直、何も心配はしていない。
あの二人なら、きっと幸せになれる……その確信が、なぜかオラにはあった。二人をよく知るオラだからこそ、そう思えた。
「……ふう。ちょっと休憩……」
家を片付けていたオラは、大きく体を伸ばす。
ひまわりの荷物は、ほとんど送っていた。彼女に部屋だった場所には、机とベッドしか残っていない。
「……」
少し、家の中を歩いて回る。
色々な思い出が詰まった、慣れ親しんだ家。
オラがいて、ひまわりがいて、父ちゃん、母ちゃん、シロがいた家……
(……こんなに、広かったっけ……)
たった一人の主を持つ家は、とても広く思えた。でもそれ以上に、とても静かだった。
(……ん?)
……ふと、柱の隅に傷を見つけた。柱の腰の位置ほどに付いた、古びた傷……
そして、昔のことを思い出した。
『――お兄ちゃん!ひま、大きくなったよ!』
『お?どれどれ……なんだ、まだ小さいじゃないか……』
『そんなことないもん!ひま、大きくなってるもん!もうすぐ大人だもん!』
『そうか?なら、記録でも付けておくか……』
『記録?』
『そうそう。……この傷が、今のひまわりの身長。これを見下ろせるくらいになったら、きっとひまわりは、素敵な大人になってるだろうな』
『素敵な大人?』
『ひまわりの名前の通り、色んな人を、元気にさせる人だよ。きっとひまわりなら、みんなを幸せに出来るさ』
『……よく、分かんない……』
『ハハハ、難しかったかな。まあ、大人になったら分かるよ―――』
(……すっかり、忘れていたな……)
その傷は、すっかり見下ろせる位置になっていた。
オラは、大人になったのだろうか。ひまわりはどうだろう……
でも、彼女との想い出を振り返ると、自然と笑顔になれる。だったら彼女は、きっと、あの日話していた通りの大人になれたんだと思う。
――そしてそれは、オラが生涯、誇りに思えることだと思う。
(……父ちゃん、母ちゃん。これで、良かったんだよな。オラ、頑張ったよな。最後まで、ひまわりは笑顔だったよ。これなら、褒めてくれるよな……)
天井を見上げ、心の中で父ちゃん達に報告する。
大きく息を吸い込み、息を深く吐く。
胸の中は、どこか穴が空いているような気分だった。それでも、それ以上に暖かい。
「――よし!掃除を始めるかな!」
何かを奮い立たせるように、少し声を強く出す。そして、掃除に戻った。
――ピンポーン
「……ん?」
その時、ふと玄関からチャイムが鳴り響いた。
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