「――戻りました、お嬢様……」
今度は床下から這い出てきた黒磯さん。何でもありのようだ……
(ていうか、早すぎるだろ……)
そして黒磯さんは、一枚の紙をあいちゃんに渡す。
それを見たあいちゃんは、目を伏せた。
「……なるほど……こんなことが……しんのすけさんの心中、お察しします」
「察する程でもないって。特に何も考えてなかったからね」
「それでも、人のために行動するその御気持ち……あいは、感動しました!」
あいちゃんは紙を抱き締めながら、天を仰いだ。
「そんな、大袈裟だなぁ……」
するとあいちゃんは、視線をオラに戻す。そして、優しい笑みを浮かべて、切り出した。
「――しんのすけさん、あなたは、今の職場で働いていくおつもりですか?」
「う~ん……まあ、僕がいないと困るだろうし……。それより、なんで?」
「……実は、酢乙女グループの本社ビルで、新しく1名の雇用を募集しているのです」
「酢乙女グループの?」
「そうです。――しんのすけさん。そこに、応募してみませんか?」
「……え?」
「給料は今よりはいいはずです。少々体力を使いますけど……」
「いやいや、それはダメだよ」
「どうしてですか?」
「だって、なんかそれって、卑怯じゃないか。あいちゃんのコネで入るみたいな感じで……」
そう言うと、あいちゃんはフッと笑みを浮かべた。
「しんのすけさんなら、そう言うと思いました。……ですが、その心配には及びませんわ。
その募集自体は、一般に正規に知らせていること。それに、私がするのは、あくまでもそれを紹介しただけにすぎません。結局採用されるかどうかは、しんのすけさん次第なんですよ」
「あ、そういうこと……」
そしてあいちゃんは、表情を落とした。
「……ごめんなさい、しんのすけさん。本当はすぐにでも採用したいのですが……」
「分かってるって。あいちゃんは、そこの重役だしね。知り合いだからって、重要な仕事を無条件に任せるなんてしちゃいけないよ。
――そうだな。でも、せっかくあいちゃんが勧めてくれたから、ダメ元で受けてみるよ」
「……はい!頑張ってください!あいは、信じております!」
そしてオラは、応募した。
――だがその時、オラは知らなかった。オラが応募したそれが、どういう仕事であったのかを……
それから1週間後、オラは酢乙女グループ本社ビルの前にいた。
「ここが……」
摩天楼の真ん中にそびえ立つ、超巨大高層ビル……。見上げると、目眩を起こしそうになる。
「……やっぱ、超巨大企業だよな……」
しかしまあ、見上げてばかりでは前に進めない。
とりあえず、中に入ることにした。
入り口を入ると、エントランスホールが広がる。
しかしまあ、無茶苦茶広い。たぶん、あの工場くらいの広さがある。
何だか場違いなところに来てしまった気がする。
(……いかんいかん。今の内から呑まれてどうする。落ち着くんだ……)
一度大きく深呼吸したオラは、受付に話しかける。
「――あ、あの……」
「はい。いかがされましたか?」
「ええと……今日予定されている、採用試験を受けに来たんですが……」
「……あなたが……ですか?」
受付の女性は、どこか不審がるような目をしていた。受けるのが、そんなに珍しいのだろうか。はたまた、オラが何かマズイ格好でもしてるのだろうか。……まあ、確かに安物のスーツだが……
「……試験会場は、15階の会議室です」
しばらくオラを見つめた女性は、淡々とオラにそう説明した。
なんだか腑に落ちないけど、とりあえず、オラは15階に向かった。
「ここか……」
看板の立てられた会議室を見つけたオラは、一度深呼吸してドアを開けた。
ここに、ライバル達が……
「…………」
――目の前の光景に絶句する。
会場にいたのは、オラが想像していた人ではなかった。
皆、屈強な体をしている。顔に傷があったり、筋肉隆々だったり……。オラがドアを開けるや、全員が鋭い目つきでオラを睨み付けてきた。
その部屋だけ、海兵隊か何かの部屋のように異様な雰囲気だった。
「……間違えました」
オラは静かに、ドアを閉める。
そして入り口に立て掛けられた看板を、もう一度じっくりと眺めてみた。
そこに書かれていた文字は、何度見ても採用試験会場……間違いはないようだが……
何はともあれ、とりあえず中に入ることにした。
それから少ししたら、試験官がやって来た。
年配の、とても小さい人だった。プルプル体が小刻みに震えている。
オラも浮いているが、オラよりもっと浮いていた。
「……えぇ、それでは、試験の説明に入らせていただきます。
試験は3日に分けて行われます。それぞれ、面接、体力、実技を行う予定です」
(実技って……何の?)
「それでは、さっそく始めますね。――ではまず、グルチェンコフさん」
「俺ノ出番カ!!採用ハ俺ガモラウカラナ!!HAHAHAHA…!!」
ゴリマッチョのドデカイ外国人さんが、片言で出ていった。ロシア人だろうか。
……てか、あんな人も受けてるんだ……
そこに来て、もしかしたら、すんごく変なものに応募してしまったのではと思い始めた。
だって、どう見てもパソコンとか使えそうにないし。
重火器使わせたらランボーより強そうだし。
全員が、まるで戦闘前のように瞑想にふけってる。
よく見れば、思い切りミリタリーチックな服装をしている人もいた。
スーツは、オラだけだった。
(……あいちゃん。オラに、何をさせようとしてるの……)
周囲を横目で見渡した後、溜め息を吐きながら、項垂れるしかなかった。
それから、続々と歴戦の猛者共が呼ばれていった。
全員が一様に、気合を入れて出ていく。
この人達は、戦地にでも赴くのだろうか……まあ、ある意味戦場ではあるけど。
どう考えても、会社員より兵隊さんが合ってると思うけど。
「――次の方……しんのすけさん!」
「あ―――はい!」
ついに、オラの名前が呼ばれた。
「……オイオイ見ロヨ」ヒソヒソ
「ナンダアイツハ。マルデモヤシジャナイカ」ヒソヒソ
「ダガ、俺達カラスルト、ライバルガ減ッテ助カルナ」ヒソヒソ
「マッタクダ。HAHAHA…」ヒソヒソ
メチャメチャ笑われてる。ていうか、片言なのにやけに達者だな。
確かに、ここにいる奴から見れば、俺は笑いの対象だろうけど。
なんだか居心地が悪くなったオラは、足早に面接会場へ向かった。
「――野原、しんのすけさんですね?」
「は、はい……」
面接室は、無駄に広い別の会議室だった。
そこに、試験官が2人いた。どう見ても、普通のおじさんだが。
「それでは、さっそく面接を開始します」
「は、はい!」
「……これから、あなたにいくつか質問します。その質問に対し、嘘偽りなく答えてください。なお、あなたの座る椅子には、ポリグラフ装置が組み込まれています。きちんと、答えてください」
「ポリグラフ……」
(つまりは、嘘発見器か……)
変わった面接だと思う。
通常、面接では大多数の人が本音を隠して受け答えをするし、企業側もそれを百も承知するはず。
なんだろうか。正直に言う人間に信用を置くのだろうか……
そして面接官は、重い口を開いた。
「――では、始めます……」
「………」ゴクリ
「……今まで、重火器等を用いて、人を撃ったことはありますか?」
「…………………はい?」
「また、それにより、人の命を奪ったことはありますか?」
「いやいやいやいやいやいや……ちょっとちょっと……」
「むぅ……ポリグラフが乱れていますね。一度、落ち着いてください」
(落ち着けるかあああああああ!!)
なんだこの質問は!?ポリグラフなんて使う必要もないだろ!!なんだこれは!!ふざけてるのか!?
……そこで、オラは察した。
きっとオラは、見かけだけで落とされたのだと。だからこそ、適当な質問をされているのだと……
おそらくは、これからも無茶苦茶な質問が来るだろう。
なんだか、凄く頭にきた。それに伴い、やけに頭が冷静になっていく。
(……いいさ。どんな無茶苦茶な質問でも、何でも答えるさ。オラの経歴に驚くがいい……!!)
そして、オラの戦いが始まる。
Q 今まで、人の命を奪ったことは?
A 人の命を奪ったことはありませんが、目の前で人がこの世を去ることになる
のは見ました
Q これまで行ったことがある場所で、変わったところはありますか?
A 過去と未来に行きました。あと、別の星とか。
Q これまでで、悪の組織等と戦闘したことはありますか?
A たくさんの悪の組織と対決しました
Q それは、例えば?
A 別の世界のオカマとか、世界征服を企む悪の組織とか。悪の組織はいろいろいました。世界を昭和時代に戻そうとしてたり、時間犯罪者だったり。ああ、サンバ躍らせたり人を動物に変えようとした奴もいましたね。
Q それらの組織は、どのようにして勝利したのですか?
A 色々です。正義の味方と一緒に戦ったり、象になったり、温泉入ったり。
Q それでは、これまでで一番の功績は?
A もちろん、幾度となく世界の危機を救ってきたことです。みなさんは知らないかもしれませんが、今の世界があるのは、全部オラ達のおかげなんです。
Q オラ達?他に、誰と一緒に?
A 両親等の家族や友達です。家族で世界を救ったことの方が多いでしょうね。
Q 分かりました。最後に、何か武道の心得はありますか?
A 小さい頃に、剣道をしてました。
Q 最終成績は?
A ちびっ子剣道大会で決勝まで行きました。辞退しましたけど。
Q その理由は?
A 当時テレビであってた、アクション仮面が見たかったからです。それに、当時のライバルに勝てたから満足しましたし。
Q 分かりました。ありがとうございました。
A いえいえ。どういたしまして。
……こうして、色々捻じ曲がった面接は終わった。
しかしながら、今考えても、小さい頃のオラって色々凄いな……
初日が終わったオラは、帰りながら項垂れていた。
あんだけ無茶苦茶な質問が繰り返されたんだし、たぶん無理だろ……
とはいえ、試験は全て受けないといけないらしい。
本音を言えばもう行きたくないんだけど……それだと、せっかく紹介してくれたあいちゃんに申し訳ない。
しかたなく、二日目以降も行くことにした。
「――お兄ちゃん、なんか疲れてるね……」
家で、オラにお茶を出しながらひまわりが呟いてきた。
「ああ、ありがとう。……まあ、ちょっと慣れないことやったしな……」
(あんな面接、慣れてる人の方が珍しいだろうけど……)
するとひまわりは、困ったように微笑みかけてきた。
「……お兄ちゃん、無理しないでよね。お兄ちゃんさ、ときどき、色んな事を全部一人で背負っちゃうし」
「……」
「私もいるんだからね?家族なんだし……。だから、その……うまく言えないけど……」
あまり慣れないことを言ったからか、ひまわりは言葉に詰まってしまった。
……でも、それでも、彼女の気持ちは、思いは、十二分に伝わってきた。
「……ありがとう、ひまわり。少し楽になったよ……」
「……うん。頑張ってね!お兄ちゃん!」
ひまわりは、太陽のような笑顔をオラに向けた。
ひまわりは、漢字で向日葵と書く。別名、日輪草。
……父ちゃん、母ちゃん、ひまわりは、名前に負けないくらい、太陽のような女性に育ってるよ。
――明日も、頑張ろう。
――試験二日目。
この日は体力試験。酢乙女グループが所持する、ドームで開催。
とりあえずジャージで出場。
他の軍人(?)様は、皆が白いタンクトップ。
際立つ筋肉。漂う漢達の匂い。
……暑苦しい。
――第1種目「100m走」――
オラの記録、16秒。
他の皆様、平均11秒。
いや早すぎでしょ。
――第2種目「懸垂」――
オラの記録、4回。既に腕がパンパン。
他の方々……平均100回オーバー……
どういう体の構造してんの……
――第3種目「ソフトボール投げ」――
オラの記録、55m。
他の方々……100m越え連発……
野球選手でも目指しているのだろうか……
こうして、体力検査は進んでいった。
結果から言えば、オラが圧倒的最下位をひた走る形となる。
頑張ろうかと思ったけど、流石にもう無理だろうな。
他の方々が逞しすぎるし。
……そもそも、いったいなんの採用になんだろうか……
そして試験は、最終日を迎える。
「――今日の試験最終日は、実技です。みなさん、頑張ってください」
「イエッサー!!!!!」
年配の人は、そう話す。
他の方々は、元気いっぱいに答える。
実技の場所は、とある建設現場……なぜこんなところだろうか。
ていうか、実技ってなんだろう……
オラの不安を他所に、試験官はよぼよぼと話す。
「……今日は、試験責任者である、酢乙女あい様が見学に訪れています……お嬢様、どうぞ……」
すると、試験官の後ろからあいちゃんが出て来た。
「皆様、今日の試験、頑張ってください」
「ウオオオオオオオオオオ!!!!」
興奮する男共。
(あいちゃん、来てたんだ……)
あいちゃんはオラの方を一度だけ見て、小さく笑みを零した。
(あいちゃん……オラ、もう無理っぽい……)
そして、試験官は口を開いた。
「――さて……そろそろ試験を開始―――」
――その時……
「――全員動くな!!」
「………へ?」
突然、その場所に男の怒鳴り声が響き渡った。
続きをご覧ください!