「それ、家族だけど、オラへの確認は!?」
「そんなもの必要ありません。私としんのすけさんが結婚することは、すでに決定事項ですし」
「えええ……」
「……あら、もうこんな時間。すみませんが、会議に出席してきます」
あいちゃんは、愕然とするオラを置いて、部屋の出入り口に向かって行った。
「ちょ、ちょっとあいちゃん!まだ話は―――」
「――しんのすけさん。一つ、言っておきますね」
部屋の入り口を開けたところで、オラの方を振り返る。
そして、不敵な笑みを浮かべた。
「――私も父も、かなり“しつこい”ですから。あしからず……」
そう言い残したあいちゃんは、部屋を出ていった。
残されたオラは、ただ愕然とするしかなかった。
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それからのあいちゃんの押しは凄まじかった。
一つ、開き直ったのかもしれない。
弁当作りに出張という名のドライブ……一切引くことのないその様は、さしずめ防御を捨てた突撃兵といったところか。
家に帰れば、ひまわりからは結婚を勧められる毎日。
「はぁ……」
思わず、ため息が出てしまった。
「……どうしたんですか、しんのすけくん。ため息なんて吐いて……」
車を運転する黒磯さんは、視線を前に向けたまま聞いてきた。
「い、いえ。ちょっと最近、疲れてまして……」
「……お嬢様、ですか?」
「ハハハ……」
“はいそうです。”……などと返すわけにもいかず、とりあえず失笑で茶を濁す。
すると黒磯さんは、ふっと笑みを浮かべた。
「……少しばかり、大目に見てあげてください。お嬢様は、ご自身でも接し方があまり分からないのです」
「……小さい時には、ここまでなかったんですよ。ちょっと、びっくりしちゃいまして……」
「確かにお嬢様は、幼少時からしんのすけくんお慕いしておられました。
……ですが、やはり幼児期と今では、想いの位置が違うものです」
「想いの、位置……」
「はい。幼児期には、憧れが大きなシェアを占めるものです。しかし今は、それとは別の何かに惹かれています。
小さな頃から変わらない想い……しかし、実際の心境は、あの頃とどこか違うと違和感を覚えているはずです。
――故に、お嬢様自身、戸惑っているところもあるのです」
「……」
「ですから、今は暖かく見守ってあげてください。
これはボディーガードとしてではなく、私自身からの願いですよ」
「……黒磯さんは、大人ですね。凄くダンディーだと思います」
「ハハハ……私は、ダンディーなどではありませんよ。
――私はただの、黒磯です」
(……ダ、ダンディーぃ……)
黒磯さんからそうは言われても、やはりあいちゃんからの圧は相当なものだった。
ようやく仕事が終わり、ヘロヘロになって帰宅する。
しかしまあ幾分か慣れたところはあった。
それが救いかもしれない。
「お兄ちゃんさ、なんではあいちゃんと結婚しないの?」
ひまわりは、実に不思議そうに聞いてくる。
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