それから数日後の会社。オフィス内は、ざわついていた。
「……おい、これって……」
「……嘘、だろ……」
皆一様に、掲示板に張り出された通知を凝視する。
そこに記載されていたのは、従業員削減の通知――つまりは、リストラ予告だった。
今のところは小規模のようだ。
各課1~3名が選ばれる。そしてオラがいる部署は、たった一人だ。
しかし、オラの部署には家族持ち世帯が大多数だ。
最近結婚した者、子供が生まれたばかりの者、子供が小学生に入学したばかりの者……それぞれに、それぞれの暮らしがある。
「……課長……」
「……ああ、野原か……」
廊下のソファーに、課長が項垂れて座っていた。オラはその隣に座る。
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「……課長、リストラって……」
「……ああ。私に、一人選ぶように言われたよ。まったく、部長も酷なことを言ってくれる。
私に、選べるはずもないじゃないか……みんな、可愛い部下なのに………」
「………」
課長は、目頭を押さえていた。目の下にはクマも見え、頬もやつれているように見える。課長も、かなり悩んでいるようだ。
「……いざとなれば、私が……」
「でも課長、先日お子さんが私立の中学校に入学したばかりじゃないですか……」
「……野原、家庭の事情は、人それぞれだ。誰も辞めたくないに決まってる。それでもな、誰かを選ばないといけない。それならば、いっそ……」
課長は、語尾を弱める。覚悟と迷い……その両方が、課長の中に混在しているようだ。
――そうだ。誰でも、家庭がある。日常がある。その誰かが辞めなければならないなら……それなら……
「……課長……」
「……?」
「……オラが、辞めます」
「な、何を言ってるんだ野原!」
「誰か辞めないといけないなら、オラが辞めます。オラは、まだ結婚していませんし」
「し、しかし!妹さんがいるだろう!?」
「妹は働いていますし、何とかなりますよ。それに、オラまだ若いので、次の仕事も見つけやすいですよ」
「……だ、だが……!!」
「――課長、ここは、オラにカッコつけさせてくださいよ」
「……」
「……」
課長は一度オラの顔を見て、もう一度項垂れた。そして……
「……すまない、野原……すまない……」
課長の声は、震えていた。
オラは分かってる。一番辛いのは、誰かを選ばなければならない課長自身であることを……
だからオラは、あえて笑顔で答えた。
「……いいんですよ、課長。これまで、お世話になりました―――」
課長は、何も答えなかった。
誰もいない廊下には、課長の涙をこらえる声が聞こえていた。
そしてオラは、無職になった――――
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